店名に込められた、
天草への愛と
震災復興への願い。
九州本土と、天草五橋と呼ばれる5つの橋で結ばれ、大小120余の島々からなる諸島、天草。
魚介の宝庫としても名高いこの地で長年料理店を営んできた「福伸」が、空の玄関口となる新店舗で一の皿に選んだのが、天草本まぐろです。
熊本県出身の編集部員も初めて聞いた天草本まぐろの魅力とは?
そして店名に秘められた復興への願いについてうかがいました。
天草本まぐろを
味わい尽くす
板場を囲うようにつけ台のカウンターでL字に仕切られた店内。座席はあえて設置せず、出発間近のお客様でも気軽に立ち寄れるようにと、立食式です。出発客を見送るかのように、搭乗口の向かいに店舗を構える「鮨 福伸 −天草本まぐろ−」は、天草の海の幸を味わえる立ち食い寿司店。車海老やウニなど、垂涎の新鮮な魚介が揃う中、一際目を引くのが、大トロ、中トロ、赤身の天草本まぐろ3貫セット。「鮨 福伸」の“一の皿”です。
「まぐろは仕入れてから数日間熟成させるんです。色合いが鮮やかになり、旨味と香りが深くなった最高の状態の本まぐろを堪能してもらいたい」
店舗を統括する「有限会社 福伸」専務の福田圭伸さん(26歳)が語る本まぐろとは、学名をクロマグロといい、近年は漁獲量の減少から“黒いダイヤ”とも呼ばれる高級食材。このクロマグロの稚魚を天草の海で養殖したものが、天草本まぐろです。天然ものにも劣らないほど香り豊かで、脂がのっていると福田さんは言います。「鮨 福伸」ではこの天草本まぐろを立食のカウンターで提供するだけでなく、店舗の目の前に設けられたフードコート用にテイクアウトメニューにも対応。中トロや赤身をふんだんに盛りつけた「まぐろづくし丼」など、腰を据えてじっくりとその魅力を味わうこともできます。
国内外から訪れた人々が日々行き来する空港という立地で、「天草」という名を世界に広げたい、という福田さんの目はすでに開店のその先を見据えていました。
「ところで、マグロウォッチングって知ってますか?」
取材の終盤、福田さんからその言葉が飛び出しました。天草近海には野生のイルカが生息しており、観光の目玉の一つとしてイルカウォッチングが知られています。しかしマグロウォッチングは、熊本県出身の編集部員も初めて聞く言葉。その全貌を探るべく、さっそく天草へと向かいました。
まぐろづくし丼3300円(税込)
5キロ(500貫分)の
天草本まぐろ
一のさら(天草本まぐろ)
大トロ・中トロ・赤身1980円(税込)
カウンターでは
8人まで食事を
楽しめます。
福田圭伸さん
「天草本まぐろをきっかけに、
天草を世界でも有名な地域にしたい」
迫力満点!
マグロたちの
餌争奪戦
「あそこから先はもう鹿児島ですよ」
熊本空港から車で2時間15分、天草市の東側に位置する新和町を訪れました。大多尾漁港から漁船に乗り、船頭の澤井さんの案内のもと、揺られること10分。姿を現したのは巨大なマグロの養殖場です。
マグロウォッチングとは、天草で唯一の養殖場を見学する体験ツアーのこと。まず圧倒されるのはその規模です。縦幅1・5キロ、横幅4キロに渡り、海上を目印となるブイが埋め尽くしています。50基ほどの区画に仕切られているその合間を縫うように進み、停まっていた養殖業者の船へと乗り移りました。
円形に網で囲まれた直径50メートルほどの区画では、無数の巨大な魚影が渦を巻くように泳ぎ回っていました。天草本まぐろです。すると突然、船に設置されていた筒状の管から勢いよく大量の餌が発射され、穏やかな海上は一変、巨大なマグロたちの争奪戦が始まりました。餌となるのはアジやサバ。数百匹にもなるマグロが我先にと水飛沫をあげ、水面に顔を出す姿は圧巻です。
「自分で餌を撒いてみませんか」。澤井さんから手渡されたバケツには食用にも見劣りしない丸々と太ったサバがずらり。1匹を手に取り海に投げ込むと、マグロたちが勢いよく食いつき、大迫力の光景を間近で目にすることができます。
「天草の海は天然の漁場であると同時に、養殖にも最適な環境なんです」
澤井さんによると、天草東岸の内海は、波が穏やかで水温が安定しており、河川からの淡水の流入も少ないなど、養殖にうってつけの環境。そんな場所で育てられたマグロの魅力を県内外に発信したいと、9年ほど前からマグロウォッチングを始めました。しかし、コロナ禍も相まって思うように客足が伸びない。そんな最中に天草本まぐろの名を冠した「鮨 福伸 −天草本まぐろ−」のオープンは、まさに渡りに船でした。
「空港で天草本まぐろの味を知ってもらい、天草に来たいという人が増えたらうれしい」
天草への愛を込め名付けた「鮨 福伸 −天草本まぐろ−」には、天草で生きる人々の未来への希望も託されていました。
天草の
穏やかな海で
育まれた
養殖クロマグロ
澤井裕也さん
天草本まぐろの
PRを担う
マグロ案内人
約3年をかけて
50〜100キロに
成長します。
大きいものは
最高時速80kmで
泳ぐことも。
生簀(いけす)は
成長過程に合わせて
区画分けされています。
マグロウォッチング
●連絡先/網元旅館はまや
●住所/〒863-0102 熊本県天草市新和町大多尾2406-1
●体験時間/9:30〜11:00 ※天候により中止の場合があります
●料金/2500円(中学生以上)、1500円(小学生以下)
●定休日/日曜・年末年始・祝日
●問い合わせ/0969-46-2305
震災、コロナ禍……
苦難を乗り越え
未来へ
天草の海の幸をメインに、海鮮料理店やレストランなど県内に5店舗を構える福伸グループは、昭和63年に「和風レストラン福伸」として産声をあげました。以来35年、地道に店舗展開を続け、2016年3月には会社の念願だった初の寿司店を開業。しかしそのわずか1か月後、熊本を巨大地震が襲いました。
「1年間頑張ったんですが客足が戻らず、閉店という決断を下しました」
社長であり、空港店責任者の圭伸さんの父でもある福田丈人さん(55歳)は、当時を振り返り、そう語ります。他の店舗を守るため、従業員を守るため、苦渋の決断だったと話します。その後も熊本の復興と足並みをそろえるように、社員一丸となって一歩一歩前進を続けた福伸でしたが、またもや危機が訪れます。コロナ禍です。グループ全体で売上は半分以下にまで落ち込みました。
「これまでに味わったことのない苦しみでした。うちだけでなくどこも同じだったと思います」
それでも福田さんは、テイクアウトでお弁当を販売するなど打開策を講じながら、いつか訪れる希望の時を信じ、ひたすらに耐え忍び続けました。そして21年、熊本空港リニューアルに伴う出店依頼が舞い込み、新たな一歩を踏み出すことに決めました。熊本の顔として、復興のシンボルとなる店舗の名前をどうするか。福田さんが真っ先に挙げたのは−−。
「震災で閉店した鮨 福伸にしよう」
熊本地震の影響で閉店した「鮨 福伸」の名前を、もう一度蘇らせることを決めた福田さん。地震に対しては悔しさや腹立たしさはもちろんあるが、店を再建できたことを前向きに捉えて進んでいきたいと話します。そして前に進む推進力として、「天草本まぐろ」の名をそこに加えました。
「鮨 福伸」という機体は、復興への願いと天草への愛を両翼に、熊本空港から未来へ向かって飛び立ちます。
熊本地震をきっかけに閉店した
「鮨 福伸」
福田丈人さん
「天草を世界に広めるには、
一歩踏み出す勇気が
必要だと思うんです。
それは誰かがやらないといけないこと。
天草をどう変えていったらいいかを
みんなで考え、
磨き合って競い合っていけたらいい」